もやもや

おばあちゃんの料理は美味しかった。

私が信州に来たのはおばあちゃんの影響が強い。

 

遠足のお弁当で、うちのお母さんのお弁当は

茶色いおかずばっかりで

カラフルな友達のお弁当がいいなあと思った。

っていうか汁漏れとかしょっちゅうだし

カバンの中が悲惨なことになるし

こないだもそうめんを水から圧力鍋で煮ようとするし

新しい料理法の発見もあるかもしれないが

いろいろ奇想天外なので

事故を防ぐには、自分で買うか作るしかない

と思い立ち

小学生の頃から週に一回

ご飯を作り始めた。

 

16時ごろから作り始めて

18:30にはできた。

肉は焼けばいいだけだから簡単。簡単なのだ。

学校から帰ってきた子どもでも作れる。

 

一番簡単なのは卵とベーコンのオムレツ

簡単だから。卵が割れればできる。

ベーコンは焼くだけ。

 

それを毎日食べてたら

卵アレルギーになった。

 

保育士の試験には

「牛乳は総合栄養食である →◯か×か?」

みたいな問題があって◯は正解だった。

 

牛乳に5種類あるって最近知った。

牛も人間と一緒で

ストレスが多い環境だと

乳の中の雑菌が増えて増えて

仕方がないから

殺菌するのだそうだ。

その殺菌の時間の長さに5段階あるそうだ。

人間でいうとまず小学生の初潮が始まったくらいの女の子を

妊娠させる。乳牛はストレスが多くて、

本当は7回子どもを産めるけど、

2回だけ産んで、死んでいく。

 

プチダノンは早くて楽だ、

まとめ買いしておいて、

朝あげればいいから。

冷蔵庫を開ければいい

美味しいし。

あまりに普通のことだ。

 

お味噌汁を作るのに

出汁をとったり、

お米を水につけとかなくていいから

 

夜遅く帰ってきた

お母さんの選択肢として

それが一番楽だ。

袋を開ければ済むから。

ただでさえ

社会で

経済的に

自立するということは

大変なのだ

仕事で成果を残し

生き残るということは

 

醤油の転地返しなんて悠長にやってられないし、

朝おっぱいをあげてる時間もない。

 

子どもは小さいうちから

親と引き離されるのが

現代トレンドなのだろうか

私は6か月から保育園にいたので

「もはや自分が不幸なのかどうかも

わからない」というか別に、そう感じてなかったと思う

保育所は楽しい場所だった

 

牛も人間も

母ははたらく

自分が同じことをするかはわからない

子どもは

「ママがいい」って泣いてる。それは顕著

 

早い子は3才から15才まで公教育では

12年間牛乳を飲み続けるシステムになっている

あまりに普通のシステムになっている

 

下水道や、ゴミ処理施設は

小学校4年生で見学するけど、

屠殺場は見学しないのはどうしてだろう。

 

子どもはありんこ潰したり、

カエルを爆竹で破裂させたり、

嬉々としてトカゲの尻尾をちょん切ったり

時にいかんなく残虐性を発揮する。

 

多分、現場を見たらいい。

見たり自分で殺したりした上で選べばいい。

しかし強要はする気になれない。

 

甥っ子は笑顔で

「お肉大好き!」っていう。

帰りが遅いママに会えないで

寝てしまって、朝ぐずってた。

 

プチダノンばっか食ってると

花粉症になるぞと

言ったら

姉が猛反発して怒った。

そりゃそうか 姉の方が私より寝ないで働いているし

これ以上頑張って何かやれというのは酷だ

ただしさの暴力は こわい 

常に自分の中にある

 

姪っ子は味噌汁を

3杯お代わりした

 

多分私がしたらよかったことは

まず自分の疲弊した肝臓にこんにゃく湿布をし

朝、もうすこし早く起きてみんなに味噌汁を

作ることだったのだろう

 

自分に余裕があれば

他人を責めたり批判しない

他人を批判するということは

自分が何か、やろうとして

できていないことを、他人の中に見つけているのかも

「こうあるべき」でがんじがらめで、自分が苦しい。

そして、絶対的に自分が正しいと思っている人の

いうことを 人はあんまり 聞かない

むしろ反発する

自分が認められてないと思うから

「これができていないお前はダメな奴だ」

というメッセージを受け取るから

受け取りたくないのはお互いさま

 

誰かが誰かをねじ伏せるやり方

以外の方法はあるのかな。

別に争いたいわけじゃないのに

許せないことや

責めたい気持ちがあるのは

なんでだろう

本当は争いたいのかな?

コテンパンにやっつければ気がすむ??

いつか受けた傷は癒される??

争うことにうんざりしているのも確か

お互いに傷つけあって消耗する関係は

こりごり。